(キャリエルメディ2022年10月号特集「折れた心を乗り越える」特別寄稿より)
筆者紹介歌川たいじ(うたがわたいじ)1966年東京都生まれ。1日10万アクセスを記録した「♂♂ゲイです、ほぼ夫婦です」のカリスマブロガー。『じりラブ』など多くの作品をもつ人気漫画家でもある。伝説的コミックエッセイ『母さんがどんなに僕を嫌いでも』は映画化され話題となる。2015年『やせる石鹸』で小説デビュー。
キャリエルメディは医療系出版とセミナーで医療従事者の独立・副業を支援します。

看護とリハビリキャリエルメディ2022年10月号(書籍版)
看護とリハビリ キャリエル・メディ2022年10月号 https://amzn.asia/d/60KgrRl
看護とリハビリキャリエルメディ2022年10月号(キンドル版)
「心が折れる」
そんな言葉をよく、耳にしますね。
Twitterで検索してみると、いつでも夥しい数のつぶやきがヒットします。1時間のうちに100を超えるツイートがあるのを見たときなど、「日本人、どんだけ心が折れてるんだ」などと、心配になったりします。きっと全国でバキバキと音を立て、さまざまな人の心が折れているのでしょう。日本人って、割り箸なんでしょうか、パスタなんでしょうか。
そんなご時世だからなのか、私が逆境人生をいかに乗り越えてきたかをテーマに講演してほしいという依頼をたくさんいただくようになりました。まぁ、私も好きで逆境を食らってきたわけではないのですが、こんな経験でも誰かのお役に立てるならばと、全国の自治体や企業、大学や高校などで、逆境乗り越えヒストリーをお話しさせていただいています。
逆境を乗り越えるといっても、「オラ、ワクワクすっぞ」とカメハメ波を撃ち込んだわけでも、敵対人物にキレたゴリラのように排泄物を投げたわけではありません。たいていのことは、勇敢でも凶暴でもなく、ただ逃げました。
自分で言うのもなんですが、いいんです、逃げたって。
野生動物にとって、逃げることは生きることです。どれだけ敏捷に逃げ隠れできるかで、まさに生死が分かれるのです。ライオンに立ち向かうガゼルなんか、いません。できれば逃げ際にスカンクの最後っ屁でもかましてやりたいところですが、努力で臭腺を獲得することはできません。もし獲得できたとしても、臭腺を抱えて生きていくことに若干の疑問も残ります。復讐とか余計なことは考えず、ジグザグ走りで逃げ切るのがいちばんです。

( 歌川たいじ 筆者近影)
そんなふうに、たいていの苦境から逃げてきた私ですが、その割にいま幸せです。 パートナーと20年以上仲良くやっていますし、40年近くつきあいのある友だちと愉快な酒盛りをしょっちゅうやっています。四十路を過ぎてからまったく経験がないのに、まんが家・小説家デビューしましたが、作品はそこそこ売れて、映画にしていただいたりもしました。
「なぜなんだろう」
自分でも首をかしげたりするのですが、思い当たる原因があるとすれば、逃げるに逃げられない、網戸にはさまった蛾のような状況になったときに、たくさん「学んだ」からではないかと思うのです。
私は子どもの頃、凄惨な児童虐待といじめに遭いました。虐待死やいじめを苦に自殺などの悲しいニュースを目にしますが、私が経験したのはそれと寸分違わぬものでした。子どもですから、当然、逃げ場はありません。大人になってからもひどいトラウマや、発育過程でのねじれを抱えていますから、普通にコミュニケーションをとることもできません。ともすれば、おまえなど誰からも好かれない、死ねばいいなどと、自分を攻撃する自分に痛めつけられました。それは自分の中にいますから、逃げることなどできないのです。
また、かつては自分に暴力をふるった親に、相続放棄でなど片づけられない数千万円の借金を遺され、債権者に追われた挙げ句、2年も裁判をやったこともありました(一審で敗訴、控訴して逆転勝訴)。
「ちょっくら2000年ぐらい石になるわ」と中国の未開の秘境に消えるわけにもいかず、どうしたらいいのかわからないという状態のまま、今日よりつらいだろう明日を待つ毎日でした。
幾度となくそんな目に遭ってきた私ですが、命を捨てずにこられたのは、友人たちがそんな私を見捨てないでいてくれて、私も友人を「オマエらに王妃アントワネットの気持ちがわかってたまるか」と見限ったりしなかったからだと思います。仲間さえいれば、そこが居場所なのです。居場所がある限り、人は生きていくのです。
仲間を手放さないでいられたのは、つらい中で学んだいくつかのことが、私に力を与えてくれたからだと信じています。今回は、その「学んだこと」の最重要ポイントを、みなさんにご紹介させていただきます。
このラインより上のエリアが無料で表示されます。
虐待のトラウマを抱える少女が世界有数の大富豪夫人に
ナディーヌ・ロスチャイルドは、大財閥ロスチャイルド家の夫人となり、慈善家として知られるようにもなった女性ですが、裕福な家の子どもではありませんでした。貧しい家庭に育ち、性的虐待を繰り返す義父から逃れるため彼女は十四歳で家出し、下請け工場で作業員として働いていました。
それでも美しいドレスを着た優雅な生活を日々夢見て、小さなアパートに花を飾り、美しい食器を手に入れ使い、お金が許す限り美しい服を着て、「私は貴族よ、オホホホホ」と生活していたそうです。
そんな彼女を周囲の人は「貧乏で、美人でもないのに」と嗤いましたが、やがて小劇場の女優となった彼女は貴族を演じさせたら右に出る者ナシ、次第に人気を得て大劇場に出演するようになり、芝居好きの富豪エドモンド・ロスチャイルド男爵と出会いプロポーズされ結婚したのです。
彼女は手記の中に「まず心を配るべきなのは、自分自身にです」 と書いています。自分を大切にしている人は、他人からも大切に扱われるというのです。
心理学には、「割れ窓理論」という理論があります。『建物の窓が壊れているのを放置すると、誰も注意を払っていないという象徴になり、やがて他の窓もまもなく全て壊される』というものです。もともと粗末に扱われているものに対しては自分も粗末に扱っていいと人は思うものだ、ということでしょう。
少しずつでも生活を変えていくには、自分の力だけではなかなか立ち行きません。多くの人と良好な関係を築き、自分の味方になってくれるよう、まずは自分自身を大切に扱ってあげることが大事なのだということです。
私が社会で孤立していたとき、もしも自分の身なりが近寄りがたいものだったら、友人たちは私に寄り添ってくれたでしょうか。美しいものや、おいしいものや、楽しいものに関心がまったくなく、味方に牙を剥き排泄物を投げつける癇癪持ちのゴリラだったら、せっかくやってきた「変わるチャンス」も逃してしまったかもしれません。私なりに自分を大事にしていてよかったと思うのです。
人類最悪の逆境を乗り越えた人たち
話はだいぶ飛びますが、いまから4万5千年前、その当時はアフリカにしか人間は生息していませんでした。世界人口はたったの50万人でしたが、その人類が突然、ほとんど死滅するような自然災害が起こりました。いまのインドネシアあたりにある大火山が噴火し、地球を覆った火山灰のせいで、人類初の氷河期が襲いかかってきたのです。
アフリカに点在していた集落は食物を求めて南下していきましたが、ほんの一握りの部族以外はすべて死に絶えてしまいました。
「生き残ったのは、どんな部族だったのか」
イリノイ大学のスタンレー・アンブローズ博士は、それがわかると言っています。
なぜかといえば、当時アフリカにいた人類は皆、黒曜石の石器を使っていて、石に含まれる成分が産地によって微妙に違っているため、どこにいた部族がどこまで移動して死に絶えているか、あるいはヨーロッパまでの移動を果たし生きのびたのかがわかるとのことです。さらなる研究の結果、どのような行動をとった部族が生きのびたのかもわかると博士は言います。
「見知らぬ部族と出会ったとき、手を結び合った部族同士が生きのびたのだ」
広いアフリカ大陸の未知の土地からやってきて、出会った部族同士。言葉も違えば、身にまとうものも風習もマナーも違っていたことでしょう。「キモい」と思ったでしょうし、不愉快に感じることも多分にあったことでしょう。そんな部族同士が、乏しい食糧を分けあって共に歩んだのだろうと博士は推測しています。お互いの違いを超えて理解しあい、お互いが生きのびるために分かちあった。そんな部族だけが生き残り、他部族から奪いとったり、他部族を殺したり見捨てたりしたした人たちはみんな滅んだのだと、博士は断言しているのです。
逆境を乗り越えやすい人の特徴
イエール大学の研究では、逆境を乗り越えやすい人の特徴を分析し、このようにまとめました。
◎問題や自分の感情と現実的に向き合うが、ちょいちょい目をそらす。
◎自然・宇宙など、「大いなるもの」に興味を持つ。
◎凹んだときほど人とつながり、人に親切になる。
◎気晴らしのメニューがたくさんある。
◎ロールモデルがいる(反面教師がいる)。
◎学ぶ姿勢が常にある(意味を見いだすのが得意)。
◎歩くことや自転車に乗るなどが好き。
前述した原始時代の話は、3番目の「凹んだときほど人とつながり、人に親切になる」にあたるのではないかと思います。親切といってもそこに「理解」が介在しなければ、高血圧の人に大量の塩昆布を送りつける的な迷惑なお節介となってしまいますから、人を理解しようという基本的なスタンスも、そこには必須要件となってきます。
人を理解しようとする人は、不思議と他人から理解されやすい人になっていきますから、窃盗や不倫や薬物に手を出す、もしくは理由もなく奇声を発しながら全裸で疾走するなどをしなければ、居場所を失うことはまずありません。味方さえいれば、そこが居場所なのです。居場所さえあれば、人は生きていくのです。
「そうは言っても、心が流血している真っ最中に他人を理解してる余裕などあるかっ」と、おっしゃる方もいらっしゃいます。私の講演の質疑応答タイムでも、そんなお声をいただいたりするのです。わかるんです。
若い頃の私は、「いい話」全般に氷の息を吹きかける雪女で、凍ったとみれば踏み潰しにかかるビッグフットでもある状態でした。ありのままでとブチ叫びながら周囲を凍らせまくる日々の中で、私が出会ったのは、ダーウィンのこの言葉でした。
強い種が生き残るわけではない、賢い種が生き残るわけでもない、変わることができる種が生き残るのだ。
この言葉との出会いが、「自分がいかに頑固か」「他人と自分を比べているか」「他人の事情を察することができていないのか」などを振り返るきっかけとなり、その後、成長するにつれてさまざまな考え方や生き方を認め、吸収できるようになれたのだと思います。
そこいらじゅうにバキバキと、心が折れる音が聞こえる、このニッポン。さまざまな障害物から逃げ隠れしながら、ニタニタ笑いを浮かべ人に親切にして、狡猾に生きのびてきた私の生き様。それでも誰かのお役に立てれば幸いと、我が来し方をお話ししてまわっているのです。少しでもみなさんの参考にしていただけましたら、幸いです(ならないか)。
看護とリハビリキャリエルメディ2022年10月号(書籍版)
看護とリハビリ キャリエル・メディ2022年10月号 https://amzn.asia/d/60KgrRl
看護とリハビリキャリエルメディ2022年10月号(キンドル版)